マタギ 木村 肇

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マタギ

photo by 木村 肇


谷底の川は半分凍っていた。撃たれたのは母熊だった。
真新しい雪の上に赤黒い血が染み込んでいた。
日は陰り、じっとしていると手袋の下でも指が痛くなってきた。熊を2、3人でえいやとひっくり返すと胸のブーメランの様な白い模様が鮮やかだった。
母熊の身体はどこまでも黒かった。漆黒という言葉はこの熊のためだけにある様な気がした。そして、その深い闇はわずかに鼓動していた。
鼓動は子熊を探している様に見えた。眼球はエメラルドグリーンに光っていた。
マタギという言葉を初めて知ったのは、僕がちょうど21歳の時だった。
その余りにも漠然とした3文字は僕に何かを想像させるというよりは思考を簡単にストップさせた。文献の向こうの世界は余りにも遠かった。
胸に短刀を刺すと白いブーメランはたちまち赤くなった。 新しい春を迎え、これから生きようとしていた矢先に母は死んだ。その周りには黒い男達がいる。
子熊はどうやって生きていくのだろう。動脈からどくどくと鮮血が流れ出している。マイナス5℃の空気の中で深い毛皮の下の脂肪から湯気が上がっていた。
やがて黒い鼓動は静かに動きを止めた。


木村 肇( Hajime Kimura )

1982年生まれ。千葉県出身。
2006年からフリーランスで活動を始める。自分の身の周りの出来事や、記憶をテーマに作品を作っている。
2016年から18年まで文化庁海外研修員、ポーラ財団海外研修員としてドイツ在住。
タイム、ルモンド、エスクァイア、クーリエ・インターナショナルなどにも写真を寄稿している。

HP:https://www.hajimekimura.net/


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